ファミコンが家庭に徐々に普及し始めた80年代半ば、小生よりもファミコンを先に手に入れた従弟の家でやったゲームの思い出がある。パソコンでそこそこのテクニックや謎解きに自信のあった小生が従弟(2人)の腕を尊敬せしめたゲームを紹介しよう。
まずサンソフトの「アトランティスの謎」(1986年)。
これは扉で繋がっている100もあるゾーンをアイテムを探しながら探索し、宝物を探し出す。しかしこれが超難しい。当たり判定がシビアでジャンプすると全く操作が効かない、そこら中に落とし穴や敵がいるのだ。唯一の攻撃であるダイナマイトも放物線を描き、時間差で爆発するという使いにくさ。また次ゾ-ンへの扉は序盤はわかり易いところにあるが、後半になると絶対にわからないような落とし穴にあったり、ダイナマイトで爆発させて出現させるなどノーヒントでは絶対にわからない所にある。無論、セーブなぞ当時のファミコンにはない。
従弟はいつも行くとやっていた。夏休みや冬休みに行く度に少しずつ先に進んで小生も一緒になってワクワクしたものだ。でも最後までエンディングは見れなかったのだった。
ハドソンの「迷宮組曲」(1986年)。アクションゲームなのだが、キャッスルを行き来して謎解きがやパズルの要素がある。各面にはボスが控えており、ショップで買い物したり、RPG風でもある。これもセーブできなく、やられると最初から。難しいながらも音楽やノリが楽しくてなかなかやめられず、気が狂いそうになった人もいるのでは。従弟は自力でホントがんばってました。
あとジャレコの「忍者くん魔城の冒険」(1985年)、サンソフトの「シティコネクション」(1985年)、任天堂「スパルタンX」(1985年)。これは小生も結構遊びましたぞ。
あとは..
「スペランカー」(1986年)。これはすぐ死ぬキャラで有名。
従弟が画面の切り替えの時、モンスターが近すぎてブラスターが間に合わなくて切れてました(笑)。
「ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境」(1986年)。これは名作。
当時はゲゲゲの鬼太郎第三世代でフジ系で放映されてました。
そういえばかわいがってた下の従弟が東京に遊びに来たときバンダイのゲゲゲの鬼太郎「ゲゲゲハウス」を買ってもらってたな。
これ欲しい!鬼太郎関連のオモチャってなんか子供心をくすぐります。
そしてナムコの「スーパーチャイニーズ」(1986年)。3900円の低価格ですが、面数が32(8-4)近くあってボリュームたっぷり、アクション挌闘の隠れた名作です。